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安曇野と信州の四季の自然の素晴らしさや、人気のお店を紹介しています♪ 最近はほとんど『野鳥 大好き!』ですが^^;

豊科の吉野桜散歩道で葉桜見物♪



豊科駅前あたりから、昔の豊科銀座と呼ばれていたあたりの路地裏を少し前に散歩しましたので、昨日はそのときの終点、成相からさらに南に行ってみることにしました。今回は少し足を伸ばしてみようと思い、ママチャリの新車でサイクリングです。

成相の交差点のやや東側に、前回の路地の続きになりそうな細い道が東南の住宅が広がるあたりに伸びています。あまり車が通らない道を進むと、右手に豊科中央公園や豊科高校が見えてきました。その少し先で、この道は、新田堰(しんでんせぎ)と合流し、そこからが「吉野桜散歩道」になっています。車で行くのであれば、147号線の本吉町交差点を東に曲がればすぐです。

この「吉野桜散歩道」は、ガイドブックや観光案内にはほとんど乗っておらず、桜の季節には静かな散策が楽しめそうです。人気の桜スポットは、桜を見に来たのか、人を見に来たのかわからなくなりますから、あまり行きたくないのが本音です。おそらく近場の人くらいしか知らない、「穴場の花見スポット」でしょうから、あまり宣伝しないほうがいいのかな!?(笑)。

▼「終点まで1.2km」と表示されています。散歩するには長すぎず、短すぎず、ちょうどよい長さかも知れませんね。「平成8年に植樹」された桜の樹のようです。案内表示の後ろを流れるのが新田堰です。

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▼「平成8年に植樹」されたらしき桜の木は、まだそれほど大きくありませんが、それでも立派な並木道になっています。春は綺麗な桜が期待できそうです。

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▼桜の樹には一本一本に番号札が付けられています。この番号は豊科高校側、つまり北側から始まって、県立こども病院側の南側が最後の番号になっています。この45番の後は、100mほど桜の樹が植えられておらず、並木が途切れています。

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▼ちょうどそのあたりで、道祖神二十三夜塔を見かけました。ガイドブックや観光パンフレットに載っているような有名でもなんでもない、素朴で親しみが持てそうな道祖神です。吉野地区の人々が祀った道祖神が、吉野地区の人々を守っている、そんな姿が想像されます。

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▼県営住宅が見えるあたりに、東屋のある休憩場所のような広場がありました。散歩に疲れたら、この東屋で休憩できます。隣にも、石で造られたテーブルと椅子があります。お弁当を広げたら、ちょっとしたピクニック気分が味わえそうです。

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▼ここにも記念碑があります。

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新田◯大改修3百年にあたり、ここに先人の偉徳をしのび、悠久の流れを念するため、関係者並びに特別協力者一同、こころをこめて記念碑を建立する

昭和59年11月吉日
新田◯土地改良区理事長 山田 ○


※◯は判読不能でした。最初の2つは「堰」ではなかろうかと思います。

新田堰(しんでんせぎ)は、安曇野のの一つで、豊科熊倉で梓川を揚水して、成相や新田地区を流れ、末端は万水川(よろずいがわ)に合流する、全長約6.6kmの堰です。1608(慶長13)年頃から開削され、何度か改修されて現在の姿になったようですから、それらに感謝しての記念碑だと思われます。堰(せぎ)とは、安曇野特有の呼び方で、いわゆる農業用水のことです。

扇状地の安曇野一帯は、豊かな水に恵まれたイメージがありますが、水の得にくい扇央地の豊科や穂高などで水田耕作ができるようになったのは、こうした堰のおかげなのです。現在では、有名な「拾ヶ堰」をはじめ、大小さまざまな堰がまるで毛細血管のように、安曇野一帯に広がっています。


▼堰の記念碑だけに、お隣には「水神」様も祀られています。

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▼豊科南部地区県営ほ場整備事業を記念した「耕便十方」の碑とその碑文です。意味がよく分かりませんが、田畑を耕すための便利な門を指す「耕便門」の「耕便」でしょうか。

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碑 文

本地区は、日本アルプスのふもとに広がる安曇平穀倉地帯の東南端、豊科町の中南部に位置し、梓川及び犀川左岸に展開する水田地帯である。

農地の形状はほとんどが不整形な小区画で、道(=導)水路も幅員は狭小であり、屈曲が多く漏水が著しい等、営農に多大な労力を費やしていた。未整備な農地は国土の保全や生産の継続上問題であり、水田利用再編対策による転作作物の導入や、農地の有効利用にも支障となった。また周辺農地は既にほ場整備が完了し、営農も活発化したが、本地区は取り残された状態となっていた。そこで、工事の地元分担金を特別減歩とする方式を取り入れ、寺所、本村、中曽根地区の一部、吉野、飯田地区の大半、上鳥羽、下鳥羽、真々部地区の全域を対象に可能な限りの地区拡大をはかり、平成2年にほ場整備事業に着手した。

本事業では、国道147号バイパス、県道歩道、保健センター、ゲートボール場、豊科南小学校、南社会体育館駐車場、飯田霊園、東町通線等多くの公共用地を異種目換地として20.1ヘクタールを創設した。とりわけ県立こども病院5ヘクタール、豊科南部総合公園8.5ヘクタールの用地については底地の換地の関係もあり、その位置決定に苦慮し、用地選定委員会により決定した。

当事業は、区画整理面積286ヘクタール、受益戸数644戸、道路総延長37キロメートル、用水路、排水路総延長84.1キロメートル、総事業費◯(2?、3?)978百万円で、平成8年度竣工したものである。

新食糧法が平成7年11月1日施行され、農業農村整備事業が重視されるなか、事業の完成により道路が縦横にあき、用排水路が完備し、近代農業の基盤が築かれ、また南小学校、親水公園等周辺地域の環境保全を考慮し、多くの公共用地を計画的に取り入れ整備したことは、今後の新しい生産体制と地域社会の発展に寄与するものと革新する。

竣工にあたり、国、県、町等関係当局をはじめ、役員受益者各位のご理解ご協力に対し、深甚なる敬意を表し、さらに地域の末永い繁栄と発展を念じながら、ここに「耕便十方」を刻し竣工を記念する。

  平成9年5月吉日

    豊科南部地区県営ほ場整備事業実施委員会

      濤石書




▼石灯籠のようなものもありますが、草が伸びていてよく見えません。

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▼新田堰を少しだけ離れて、別な小径から県立こども病院を一回りしました。

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▼こちらが、316号線沿いにある入口です。これをさらに北へ少し進むと…。

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▼県営住宅の横に「新田堰」の標識がありました。ここでやっと再会です!

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▼先ほどのところを左に曲がると、「吉野桜散歩道」の終点です。以前は「歩数約2,400歩、歩行時間約15分」と表示されていたようですが、今は見当たりません。こちらをスタート地点にして散歩しても良さそうですね。

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日を改めて、この「新田堰」の先を遡ってみたいと思いました。地図を見ると、豊科高家の先あたりで、梓川から取水しているようです。


▼吉野桜散歩道の満開の頃の様子は、こちらでどうぞ
吉野桜散歩道/新田堰沿いの桜並木/安曇野市豊科/E-CURE
http://www.i-turn.jp/yoshino-sakura-sanpodo-toyoshina-shindensegi.html


▼吉野桜散歩道のおよその位置です。
(豊科高校や豊科中央公園と、県立こども病院の間です)







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