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安曇野と信州の四季の自然の素晴らしさや、人気のお店を紹介しています♪ 最近はほとんど『野鳥 大好き!』ですが^^;

山本克己写真展「ヨーロッパアルプスの山と花~ツェルマット周辺~」に行ってきました



先日の日曜日、池田町の日曜日だけ営業の素敵なパン屋さんVRONYに行く前に、カフェ風のいろで開かれている『山本克己写真展「ヨーロッパアルプスの山と花~ツェルマット周辺~」』に行ってきました。

初日の4月1日(金)に友人のMさんご夫妻と一緒に行くつもりだったのですが、母から急に請われて栃木に行くことになり、この日となってしまいました。

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場所は、先日ご案内したように、池田町のカフェ風のいろ。数日前に小林史さんの個展最終日に来たばかりです。

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いつもこちらの鹿島槍に近い席ばかりでしたが、この日はめずらしくカウンターに近い席が空いていたのでそちらに。そういえば、小林史さんがあの日座っていた席もここでした。どうりで栃木っぽいぬくもりがするわけだ(ウソデ~ス!、笑)。

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入り口を入って正面に山本克己さんのフロフィールがありました。

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『スイス旅工房 VRONY』ですね。

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もちろん、パン工房 VRONYの案内も。

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この日もまたマンデリンです。ご主人が、有機栽培の豆を自家焙煎していますと教えてくれました。

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カップをずらして置き直し、カメラの向きも変えて遊んでみました。でも、イマイチだな~。

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始めて座るこの席から前に見える山。

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ここからだと「風見鶏」ならぬ「風見鯨」は見えません。代わりにじてんしゃ。

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今日のお題の写真展の様子をお伝えしなければいけませんね。これじゃ、私の駄作写真展ですし、遊んでる暇はないです(笑)。

4月1日から4月12日(火)までは、広いヨーロッパ・アルプスのツェルマット周辺で撮影された作品が展示されています。上の店内の様子にちらっと写っていますが、山本さんお得意の山と花の作品です。

ツェルマットといえばこのエリアの代表的な山はマッターホルンですね。山に興味のない方でもこの名前はおそらくご存知かと思います。標高は4,478mと富士山よりも高いのですが、アルプスの最高峰はモンブラン(4,810m)ですから高さを比べれば劣ります。それではなぜこの山、マッターホルンが世界中の人たちから愛されているかといえば、そのピラミッド型の美しい姿です。論より証拠、展示されている作品でその綺麗な山容をご堪能ください。


アルプス概念図m600
▲アルプスの概念図(山と渓谷社 昭和44年刊「ヨーロッパアルプス」より)


アルプス概念図 (2)m
▲ツェルマットがあるバリス地方というのは橙色のあたり(山と渓谷社 昭和44年刊「ヨーロッパアルプス」より)



作品鑑賞の参考になるかどうかはわかりませんが、美しい姿のマッターホルンにも、悲しい登山の歴史があります。山やなら、初登頂したウィンパーの名前を知っているでしょう。その初登頂のときに起きた遭難事故のことも含めてマッターホルンの登頂の歴史に触れてみましょう。かなり古い手元の本からの引用です。


マッターホルン
~難攻不落の山とウィンパー~

 晴れた風の強い日、稜線から吹き飛ばされた雪と、山かげから湧き上がる雲が、まるで噴煙のように舞い上がっている。土地の人々はこれを”山がパイプをふかす”といっている。

 マッターホルンは世界の名峰だろう。その山容の美しさと力強い鋭い岩峰は、見る人々の心に強く迫る。そしてマッターホルンはアルプス登山史上でもっとも波乱に富む初登攀物語を、永く後世に残したのである。浦松佐美太郎氏は名訳『アルプス登攀記』に、「今日でもマッターホルンを仰ぐとき、ウィンパーを忘れることはできないし、またウィンパーを語るときマッターホルンを忘れることはできない」と書いている。

 エドワード・ウィンパーは、1840年4月27日ロンドンに生まれ、1911年9月16日旅先のシャモニで客死した。アルプス登山史の黄金時代といわれた1800年代のなかばまでに、めぼしいアルプスの高峰はつぎつぎに登られていったが、難攻不落を誇って登られない山があった。マッターホルンである。数多くの山男が10数回も取り付いたがだめだった。ウィンパーもそのなかのひとりだったが、彼は執念を持ってマッターホルンの初登頂にかけていたのだった。「1865年7月13日午前5時30分、私たちはツェルマットを出発した。みごとに晴れわたった朝だった。一行は8人、ミッシェル・クロ、ペーターと二人の息子、ダグラス卿、ハドー、ハドソン、それに私……」これがマッターホルン初登頂の栄光と悲劇のスタートである。

 同じころ、イタリア側からも、イタリアの名誉をかけて初登頂を争うジャン・アントワヌ・カレルの一行が登っていた。アルプス登山史黄金期の最後を飾るにふさわしい物語が展開されたのだ。「もう4日もたっている。7月11日にブルーイユを出発した彼らはどうしたのだ」頂上が近づくにつれてその心配はいっそう強くなった。7月14日午後1時40分、初登頂の栄冠はウィンパーの頭上に輝いた。だが、悲劇は下降を始めてまもなく起こった。ハドー、クロ、ハドソン、ダグラス卿の4人が、北壁を墜落してしまったのである。

 マッターホルンの初登頂争いは、アルプス黄金時代の最後を飾るとはすでに書いたが、ここでいま一度ウィンパー一行の初登頂以後の登攀について記してみよう。ウィンパーの登頂した3日あと、つまり1865年7月17日、イタリア側から初登頂を争ってついに敗れたカレル一行が第2登した。彼らがマッターホルンの遭難のことを聞いたのは、18日の午後ブルーイユに帰ってからである。なお、イタリア側からの第2登はK・グローヴで、1867年8月であり、スイス側からの第2登はL・M・エリオットで1868年7月のことである。1868年7月25日、チンダル一行はイタリア側からスイス側に初縦走、1871年7月22日にはルーシー・ウォーカー嬢が頂上に立った最初の女性となり、続いて9月15日にブリフォート嬢は縦走に成功。1882年3月17日、著名な写真家ヴィットリオ・セラがふたりのガイドとともにイタリア側からスイス側に冬季初縦走、つぎつぎとよりいっそう困難な登攀に進み、つぎに壁を登る鉄の時代を迎えた。1931年8月にドイツのミュンヘンの若いシュミット兄弟による北壁、1931年10月15日にイタリア隊が南壁、翌1932年9月16日に東壁、1942年7月18日には、ウィーンの若い男フリッツ・ヘルマンによって西壁も登頂された。世界の名峰マッターホルン、それを舞台にいくつもの死闘と栄光と敗北が繰り返されるのである。

 ウィンパーは『アルプス登攀記』に書いている。「これからの永い将来にわたって、まだ生まれざる幾世代もの人々がこのものすごい絶壁を見上げて、その比類なき姿に驚異の目を見張ることであろう。どんなに高い希望をもっても、どんなに大きな期待をいだいて登っても、マッターホルンに失望して下山するものはいないであろう」


山と渓谷社 昭和44年刊「ヨーロッパアルプス」より




マッターホルンは、美しい姿にもかかわらず、登るとなれば大変厳しい山でもあります。特にその北壁は「登攀困難な三大北壁」として、グランドジョラス、アイガーと並んで知られているところです。

そんな厳しさと美しさを兼ね備えた山、マッターホルンとともに写真展で展示されているのが花。アルプスの高山植物です。

作品リストに記されていますが、「アルプスの3名花」というのがあって、白いエーデルワイス、青いエンチアン、赤いアルペンローゼです。長くなりますので、このうち最もよく知られるエーデルワイスについて少しだけ。

エーデルワイスはスイスの国花でもあり、ヨーロッパアルプスではただ1種だそうですが、日本にはエーデルワイスと同種のウスユキソウ類はヒナウスユキソウ、ホソバヒナウスユキソウ、ハヤチネウスユキソウ、ミネウスユキソウ、ヒメウスユキソウと5種類もあります。イタリアではステッラアルピーナと呼ばれ、アルプスの星といわれているそうです。

乳白色のうぶ毛の生えた地味なこの花は、高い山の霧の中から生まれたようで、神秘的な高貴さやアルプスの星の名にふさわしい雰囲気がある、岳人憧れの花でもあります。そしてエーデルワイスがなぜそんなに珍重されるのかといえば、摘んで本や手帳に挟んでおいても、生時とほぼ変わらない姿や色を保ちつづけるからでしょう。ただし、それを試すなら園芸店などで栽培して販売されているもので行ってください。間違っても、山で野生のエーデルワイスはじめ高山植物を採ってはなりません。採らずに、撮りましょう。

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会場の「カフェ風のいろ」に始めて行くという方へ、おせっかいな道案内♪

□安曇野市方面から①

51号線を走り、「池田五丁目」の信号(=大峰高原に向かう道)を過ぎて最初の信号「正科」を右に曲がって7~800mくらい)

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□安曇野市方面から②

51号線を走り、「池田五丁目」の信号(=大峰高原に向かう道)を右折、道なりに7~800mほど走り、「中島基幹センター」という公民館のような建物が右にあり、

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そのすぐ前方に火の見櫓が見えたら、左に曲がります。しばらく北向きに走った左側です。

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□大町方面から

51号線を走り、「宮本」の信号を過ぎて次の信号「正科」を左に曲がって7~800mくらい)

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池田町の信州池田活性化プロジェクト「Maple Tree」が発行しているフリーペパーいけだいろのVOL.5に工房VRONYが紹介されています。町中で見かけたらぜひ手にとってみてください。カフェ風のいろや、もちろん工房VRONYにも置いてありますよ。

いけだいろ表


いけだいろ1


いけだいろ2




カフェ風のいろ
長野県北安曇郡池田町池田919
TEL:0261-85-0005
営業時間 : 10:00〜日没ごろまで・・・・7・8月中は19:00まで(18:00ラストオーダー)
休業日:水曜日と木曜日
アクセス:県道51号線の「正科」の信号を東に曲がり、500mほど行った右側です。※北(大町方向)に進み、池田5丁目を過ぎて次の信号です。 ※大町方面からですと「宮本」の信号の次です。こちらの記事で詳しく案内しています。
HP「カフェ 風のいろ」:http://cafe-kazenoiro.com/
ブログ「安曇野の風」:http://kazecafe.exblog.jp/




ハード系天然酵母パンとベーグル
工房 VRONY & 写真工房 VRONY
ブローニー

住所:北安曇郡池田町会染5758-8
営業日:日曜日のみ
営業時間:11:00~16:00 (売り切れ次第閉店となります)
※お取り置き販売できます→専用電話080-5389-4726、またはメールで
アクセス:少しわかりにくいかもしれませんので、web.サイトのMAPで確認してください。
URL:http://www.geocities.jp/kobo_vrony/

写真工房 VRONY
住所:北安曇郡池田町会染5758-8
HP:http://www.geocities.jp/kobo_vrony/





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