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安曇野と信州の四季の自然の素晴らしさや、人気のお店を紹介しています♪ 最近はほとんど『野鳥 大好き!』ですが^^;

松本の玄向寺を訪ねて 境内巡り

CATEGORY松本


都内に住む親戚一家が玄向寺でのおせがき法要に来るというので、当日母を伴って会いに行ってきました。法要の終了予定時間より早めに到着したのでその間ゆっくりと境内を拝見させていただきました。

昭和60年10月7日に落慶したという本堂です。現在では入手困難になりつつある国産の欅・桧材を使った純木造で、1階は会館、2階が本堂です。

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今回はこの日法要が行われていた本堂内部には入っていません。2年前に撮らせていただいた本尊阿弥陀如来三尊佛(あみだにょらいさんぞんぶつ)の写真です。

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階段下のぼたん園には境内の案内図、宗旨書、周辺案内図(写真は部分のみ)などがありました。

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こちらの仁王門は伽藍の守護神金剛力士を安置する門で元禄10年(1697)の建立。仁王像はさらに古く、約500年前のものといわれているそうです。

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ここから本堂を眺めると玄向寺の広さが実感できます。

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貞享騒動

石柱に彫られた玄向寺の文字の横には、今から300年ほど前の貞享騒動で処刑された多田加助が松本城に越訴(おっそ)をした際の藩主、水野忠直公の名前も刻まれています。秩父事件や加波山事件などと共に日本の自由民権運動の先駆者とも呼ばれる多田加助ら、多くの農民らを処罰した人物だけに複雑な心境にもなろうというもの。しかし、その後水野家の子孫に相次いで凶事が起ったのは加助のたたりだとも云われ、水野家では深く悔いて多田加助の像を刻ませて邸内に祀りその霊を手厚く弔ったということです。

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貞享騒動についてはこちらの記事で詳しく書いていますのでぜひ併せてご覧ください。

仁王門の裏手には六地蔵尊松本三十三番観音石像が並んでいます。

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第1・第2駐車場の入口には槍ヶ岳を開山した播隆上人像と六字名号碑が北アルプスに面して建てられています。

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槍ヶ岳開山 播隆上人 (玄向寺パンフレットより加筆修正し引用)

江戸時代後期に北アルプス槍ヶ岳(3,180m)を開山した山岳修行僧の播隆上人(1786-1840年)は越中国(現在の富山市)に生まれ、29歳で浄土宗の正式な僧となり、念仏行者として山岳修行の道を歩みます。文政6年登山道を修復して笠ヶ岳を再興し、この山と対峙する槍ヶ岳の登山を決意します。文政9年「観経曼荼羅」(かんきょうまんだら)研究の名僧玄向寺住職立禅(りゅうぜん)和上の学徳を慕って巡錫し、根処宿坊として立禅和上の教導のもと槍ヶ岳の登頂を目指しました。

槍ヶ岳周辺の地理に詳しい小倉村(安曇野市三郷小倉)の中田又重と槍ヶ岳の肩付近まで登って登路を視察後、文政11年2回目の登山で山頂に仏像を安置しました。そして登山者の安全を願い、山頂付近に「善の綱」と呼ばれる鉄の鎖をかけるための浄財集めに奔走し、亡くなる直前に鎖場が完成しました。毎年9月の第1土曜日に行われる「播隆祭」にあわせて遭難者の異例を兼ねた「播隆上人追慕登山」が行われています。


こちらは昭和61年(1986)8月にJR松本駅前に建立された播隆上人像(2014年11月早朝)

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さて、参道をはさんで播隆上人像の反対側には山門が建っています。

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山門をくぐると正面はぼたん園ですが左手には、おや?、牛が…。

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牛地蔵と地蔵尊(紅い頭巾と前掛けを着けた御像)

玄向寺のweb.サイトにその由緒が掲載されていました。抜粋すると、時の住職であった立月(りゅうげつ)和尚が助けた牛を飼い、その後立月和尚の身代わりとなってくれたその牛の菩提を弔うために、慶應3年(1867)境内地へ建立したのがこの牛地蔵尊なのだそうです。安曇野市豊科の法蔵寺にも仁王様の後ろに牛の彫り物がありましたが、同じ浄土宗なので関連があるのでしょうか。

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牛地蔵尊の隣にあるのは室町時代に建立されたという旧本堂です。昭和59年(1984)、旧本堂の屋根の傷みが激しかったため全部の茅を手作業で取り除き、室町末期の外観を保つために小屋組を復元し、銅版平葺で茅を葺いた形に復元改修されたのだそうです。

それにしてもこれだけの深い歴史を刻むこの建物が、明治時代に松本藩の廃佛毀釈(きしゃく)により破壊された寺院仏閣がこの地域で多数であった中、よくぞ残っていたものだと感慨深く拝見いたしました。

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裏から見た旧本堂の屋根のカーブが何とも美しい曲線で心惹かれてしまい、しばらく見入ってしまいました。

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旧本堂のお隣が庫裏になっています。庫裏(くり)とは住職の居所であり、食事を調える建物を指します。

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さらに庫裏の隣に寺務所が続いています。比較的新しい普請と想像される木材の色です。

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これらの建物の前がぼたん園となっている庭園です。手入れが行き届いたお庭は綺麗に掃き清められていてとても心地よい空間となっていました。

牡丹が咲き誇る季節にここから本堂を見渡せばさらに素晴らしい眺めでしょう。

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お庭の一画には、境内について書かれた松本市教育委員会の立て札があります。

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参道に戻って上に登って行くと突き当りに観音菩薩像を安置する観音堂が建っています。

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松本三十三番観音霊場の第31番霊場であり、元禄8年(1695)に松本城主水野忠直公が創建し、現在の場所に明治時代に再建されましたが老朽化が激しかったため平成18年(2006)~19年(2007)にかけて再建されました。

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となりの開運稲荷社は裏山の女鳥羽山中の高台に安置されていましたが、長年の雪害により建物が崩壊したため参拝の便も考えて観音堂の南隣に移し、観音堂とあわせて同時期に再建されました。

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観音堂を挟んで開運稲荷社の反対側には水野家廟所がありますが、一般に公開はされていません。

観音堂への階段を降りたところで松本平がかすかに望めました。お天気がよい時ならもっと素晴らしい景観だったことでしょう。

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百体観音石像が並ぶ参道の向こうに赤い花を咲かせたサルスベリが綺麗です。参道とこの樹の間を女鳥羽川の源流からの清流が流れています。時間があれば松本市内を流れる女鳥羽川の源流に行ったみたいという衝動に駆られましたが、また次の機会にしましょう。

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おせがき法要が終わったのは予定の午後3時30分から大幅におして午後4時をかなり回ったころでした。都内から日帰りで出席の親戚一家とはゆっくり話も出来ず、雷雨というお天気もあって、久しぶりに顔を合わせただけという再開でした。


女鳥羽山道樹院 玄向寺

長野県松本市大村681

■ 由緒(玄向寺パンフレットより原文のまま転載)

当寺は室町時代の永禄4年(1561)長譽清光(ちょうよせいこう)和尚が開創し、「帰命山念佛寺」(きみょうざんねんぶつじ)と称し、のち「清光寺」(せいこうじ)と改称した。

寛永19年(1642)水野忠清(ただきよ)公が三河吉田より松本城主となり、忠清(ただきよ)、忠職(ただもと)、忠直(ただなお)、忠周(ただちか)、忠幹(ただもと)、忠恒(ただつね)公の6代84年間、城主の尽力と保護によって寺門興隆し忠職公の法名・道樹院殿信譽上昌玄向大居士より「上昌山道樹院玄向寺」となり、のち裏山の名前から山号を「女鳥羽山」とした。

寛文9年忠直公、女鳥羽の滝の清流と日本アルプス眺望絶景の女鳥羽山麓に廟所を築き、御霊屋を建立し、忠直公自ら朝廷に奏して、大本山増上寺末となし、のちに総本山は知恩院となった。

参道には六地蔵尊・松本三十三番観音像・百体観音像等の多数の石佛が整然と並び、境内には樹齢400有余年の松・杉・銀杏の三巨木があり、牡丹は明治18年(1885)戒譽隆説(かいよりゅうせつ)和尚が植樹し、現住職で5代目、現在120種、1250余株の牡丹園で、平成21年8月阿弥陀如来・二十五菩薩石像の永代供養墓と庭園が完成した。現住職荻須眞教(おぎすしんきょう)は第40世住職です。

玄向寺web.サイト:http://www.genkouji.jp/index.html

玄向寺facebook:https://www.facebook.com/genkouji/?fref=nf








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