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安曇野と信州の四季の自然の素晴らしさや、人気のお店を紹介しています♪ 最近はほとんど『野鳥 大好き!』ですが^^;

碌山美術館の企画展「高村光太郎 彫刻と詩」



7月からこの企画展が始まっていたのは知っていたのですが、友人の勧めもあってお盆休みの終わった安曇野が少し静かになったかなという時期に足を運んでみました。
友人から図録を見せてもらって、高村光太郎よりもむしろ妻の智恵子の切り紙細工に興味を惹かれたのです。

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蔦の絡まる欧風の碌山館は、観光客にも人気ですがその魅力が充分にある建物です。
受付の前にはこんな案内が。

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碌山館入り口の傍らには、湧き水が涼しげにいつもと変わらぬ音を立てています。

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いつもカメラを手に斜めからにばかり構えていましたが、たまにはこんな構図で。

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ここをくぐると正面の壁に碌山の言葉が刻まれています。

LOVE IS ART,  STRUGGLE IS BEAUTY.
-愛は芸術なり 悶えは美なり-


碌山の彫刻を何度も観て、碌山の歩んできた道を辿って初めてこの言葉がようやく理解出来るようになった気がします。

30歳と5ヶ月での死は、あまりに早すぎます。

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碌山館で碌山の彫刻作品と再開した後、第Ⅰ会場の杜江館へ向かいます。
お目当ての高村智恵子の切り絵が展示されていました。

図録から何点か転載しました。

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▲蓮根/昭和12-13(1937-38)/12.0✕12.1



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▲コーヒーミル/昭和12-13(1937-38)/23.5✕27.3



次の「オレンジ色の花」は実物を観ないとその素晴らしさが半減してしまうと感じました。

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▲オレンジ色の花/昭和12-13(1937-38)/24.0✕24.0



この「みやげ」はおそらく見舞客が携えてきた見舞いの品でしょう。
「銀座」の文字がかすかに読み取れました。

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▲みやげ/昭和12-13(1937-38)/36.8✕35.0



図録や企画展のパンフレットの写真を見て、最も観たかったのがこの「蟹」。
残念ながらすでに終わってしまった前期だけの展示だったようで、実物は鑑賞できませんでした。

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▲蟹/昭和12-13(1937-38)/25.6✕34.6


この「蟹」の台紙が何なのか、大変気になりました。入院生活中の作品ですから手元にあったものを使ったことは想像できますが、現在ならばさしずめ牛乳パックとでもいったところでしょうか。

その後、第Ⅱ会場と第Ⅲ会場で高村光太郎の彫刻や原稿などを見ました。”有名な”あの「手」や「腕」といった彫刻には大勢の人たちが見入っていましたが、智恵子の切り紙作品を観たあとの私にはそれ以上の感激や興奮を与えてはくれなかったので、再び碌山の彫刻がならぶ碌山館に向かいました。

やはり、愛の三部作はいつ拝見しても心を動かされます。「文覚」、「デスペア」、そして荻原碌山の遺作である「女」。夏休みで入館者が多く、落ちついて観てはいられませんでしたが、それでもとても満足なひとときでした。うまくいえませんが、萩原守衛(碌山)の生き様がすべて作品の内に込められていて、表面の美しさ以上の重みや彼の心の葛藤を感じてしまうのでいつも胸が震えます。


さて、高村智恵子についてですが。


高村 智恵子(たかむら ちえこ、1886年(明治19年)5月20日 - 1938年(昭和13年)10月5日、旧姓:長沼)は、日本の洋画家、紙絵作家。夫は彫刻家・詩人の高村光太郎。夫の光太郎が彼女の死後に出版した詩集『智恵子抄』でも知られています。

https://ja.wikipedia.org/wiki/高村智恵子より引用)





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福島高等女学校を卒業後、日本女子大学校に入学した智恵子は普通予科を経て家政学部へと進みますが、在学中に油絵に興味を持ち、自由選択科目の洋画の授業ばかりを受けていたそうです。

1907年(明治40年)に大学を卒業した後は、反対する両親を説得して東京に留まり、当時では珍しい女性洋画家の道を選んで太平洋画会研究所で絵画を学びます。1911年(明治44年)9月に創刊された雑誌『青鞜』の表紙絵を描くなど、若い女性芸術家として次第に注目されるようになっていきます。

1931年(昭和6年)8月に統合失調症の兆しが表れ、1932年(昭和7年)7月15日に大量の睡眠薬を飲み自殺を図り未遂に終わります。1933年(昭和8年)8月23日に光太郎と入籍し、療養のため光太郎と共に東北地方の温泉を巡りましたが、病状は悪化してしまいます。その後千葉県の九十九里海岸へ住居を移しますが良くならず、1935年(昭和10年)2月に東京南品川のゼームス坂病院に入院しました。

精神病には易しい手作業が有効だと聞いた光太郎は病室へ千代紙を持っていき、1937年(昭和12年)頃より智恵子は病室で紙絵の創作をするようになり、病床から千数百点の紙絵を生み出しました。1938年(昭和13年)夏ごろから具合が悪化して10月5日、長らく冒されていた粟粒性肺結核のため死去しました。

光太郎は智恵子が亡くなってから3年後の1941年(昭和16年)に、生前の智恵子を偲んで詩集『智恵子抄』を発表しました。


https://ja.wikipedia.org/wiki/高村智恵子より加筆修正)




ここで、智恵子の紙絵について高村光太郎の書いた文があります。智恵子がどのように紙絵、切り絵に夢中になっていったのかが詳述されていてたいへん興味深い文章です。



智恵子の紙絵

高村光太郎

 精神病者に簡単な手工をすすめるのはいいときいてゐたので、智恵子が病院に入院して、半年もたち、昂奮がやや鎮静した頃、私は智恵子の平常好きだつた千代紙を持つていつた。智恵子は大へんよろこんで其で千羽鶴を折つた。訪問するたびに部屋の天井から下つてゐる鶴の折紙がふえて美しかつた。そのうち、鶴の外にも紙灯籠だとか其他の形のものが作られるやうになり、中々意匠をこらしたものがぶら下つてゐた。すると或時、智恵子は訪問の私に一つの紙づつみを渡して見ろといふ風情であつた。紙包をあけると中に色がみを鋏で切つた模様風の美しい紙細工が大切さうに仕舞つてあつた。其を見て私は驚いた。其がまつたく折鶴から飛躍的に進んだ立派な芸術品であつたからである。私の感嘆を見て智恵子は恥かしさうに笑つたり、お辞儀をしたりしてゐた。

 その頃は、何でもそこらにある紙きれを手あたり次第に用ゐてゐたのであるが、やがて色彩に対する要求が強くなつたと見えて、いろ紙を持つて来てくれといふやうになつた。私は早速丸の内のはい原へ行つて子供が折紙につかふいろ紙を幾種か買つて送つた。智恵子の「仕事」がそれから始まつた。看護婦さんのいふところによると、風邪をひいたり、熱を出したりした時以外は、毎日「仕事」をするのだといつて、朝からしきりと切紙細工をやつてゐたらしい。鋏はマニキュアに使ふ小さな、尖端の曲つた鋏である。その鋏一挺を手にして、暫く紙を見つめてゐてから、あとはすらすらと切りぬいてゆくのだといふ事である。模様の類は紙を四つ折又は八つ折にして置いて切りぬいてから紙をひらくと其処にシムメトリイが出来るわけである。さういふ模様に中々おもしろいのがある。はじめは一枚の紙で一枚を作る単色のものであつたが、後にはだんだん色調の配合、色量の均衡、布置の比例等に微妙な神経がはたらいて来て紙は一個のカムバスとなつた。十二単衣に於ける色襲ねの美を見るやうに、一枚の切抜きを又一枚の別のいろ紙の上に貼りつけ、その色の調和や対照に妙味尽きないものが出来るやうになつた。或は同色を襲ねたり、或は近似の色で構成したり、或は鋏で線だけ切つて切りぬかずに置いたり、いろいろの技巧をこらした。此の切りぬかずに置いて、其を別の紙の上に貼つたのは、下の紙の色がちらちらと上の紙の線の間に見えて不可言の美を作る。智恵子は触目のものを手あたり次第に題材にした。食膳が出ると其の皿の上のものを紙でつくらないうちは箸をとらず、そのため食事が遅れて看護婦さんを困らした事も多かつたらしい。千数百枚に及ぶ此等の切抜絵はすべて智恵子の詩であり、抒情であり、機智であり、生活記録であり、此世への愛の表明である。此を私に見せる時の智恵子の恥かしさうなうれしさうな顔が忘れられない。


(青空文庫 http://www.aozora.gr.jp/cards/001168/files/46505_25632.html より転載




さらに、こんな一文も。

智恵子の半生/高村光太郎
青空文庫
http://www.aozora.gr.jp/cards/001168/files/46376_25633.html



碌山美術館
住所:安曇野市穂高5095-1
TEL:0263-82-2094
駐車場:あり
アクセス:穂高駅から徒歩7分、自転車2分
開館時間:3月~10月=9:00~17:10、11月~2月=9:00~16:10
休館日:5月~10月=無休、11月~4月=月曜・祝日、12/21~12/31
入館料:大人700円、高校生300円、小学生150円
web.サイト:http://www.rokuzan.jp/index.html


平成28年度 夏季特別企画展 
光太郎没後60年 高村智恵子生誕130年 記念 
高村光太郎 彫刻と詩 -展
・7/23~8/28
・杜江館・第Ⅰ/Ⅱ展示棟





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